なぜ英語のスラングは10年で古くなるのか? 言語学と日本文化で読み解くスラングの一生

「ぴえん」が流行ったのはいつだっただろうか。気づけばもう誰も使っていない。「マジ卍」「激おこぷんぷん丸」も同じ運命をたどった。若者言葉は生まれた瞬間から賞味期限が迫っている。

それは日本語だけの話ではない。

英語のスラングでも、まったく同じことが起きている。「on fleek」「YOLO」「cheugy」。覚えた頃にはもう古くなっている、あの切なさに心当たりはないだろうか。

なぜスラングはこれほど早く廃れてしまうのか。

単なる「流行り廃り」では片づけられない、そこには言語と人間の面白い仕組みが隠れている。

じっくり考えてみたい。

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目次

スラングは「言葉」ではなく「合言葉」だ

まず大前提として、スラングの本質を押さえておきたい。スラングは情報を伝えるための道具ではない。「私はあなたと同じ側の人間だ」と示すための、社会的な合言葉だ。

社会言語学者たちはこれを「グループ・アイデンティティ機能」と呼ぶ。テキサス大学のライアン・ボイド博士は、スラングとはつまるところ「誰が自分と同じで、誰が違うかを示す指標」だと述べている。

日本でもこれはよくわかる。1980〜90年代の「チョベリバ(超very bad)」「メッチャ」「〜じゃん」は、単なる言葉ではなく、「私たちは同世代だよね」という確認作業だった。

ギャル言葉が一般に広まったとき、もとのギャルたちが別の言葉に移っていったのも、この理由からだと推測できる。

スラングが廃れる3つのルート

スラングには「誕生 → 普及 → 終焉」という明確なライフサイクルがある。そして輝きを失うまでの道筋は、主に3パターンある。

①「お母さん」に使われる

スラングは広まりすぎると輝きを失う。ターゲット外の人間が使い始めた瞬間、その言葉はもう「合言葉」ではなくなるからだ。

社会言語学者のジェシ・グリーザーはこう言い切っている。

「スラングの終わりを告げるのは、それが企業のSNSに登場したときだ」

日本で言えば、テレビの情報番組が「最近の若者は〇〇というらしいですよ」と報じた瞬間、その言葉は役目を終える。

「ぴえん」も「激おこぷんぷん丸」も、テレビに発見された時点でコトは決していた。

②「辞書」に載る

歴史を振り返ると、この問題は17世紀のロンドンですでに起きていた。

当時、路上の犯罪者たちは警察に会話を読まれないよう独自の隠語(thieves’ cant)を使っていた。

ところが1699年に初めてのスラング辞典が出版されると、それまで仲間内だけで通じていた言葉が広く知られるようになった。隠語としての役割を失った言葉は自然と使われなくなり、新しい言い回しが生まれていった。

言葉は広く知られた瞬間に「生きた暗号」ではなくなる。これはいつの時代も変わらない。

③「ブランド」に使われる

2014年にシカゴ在住の高校生カイラ・ニューマンがVineに投稿した動画から広まった

「on fleek(完璧にキマってる)」は、IHOPやTaco Bellといった大手チェーンがパンケーキやメニューの宣伝に使ったことで一気に冷めた。

若者の言葉が商業利用された瞬間の冷却速度は、現代では特に速い。

SNS時代に加速した「スラングの代謝」

かつてスラングが広まるには数年かかった。地域から地域へ、口から口へと伝わるのに、それだけの時間が必要だったからだ。ところがSNSの登場で、スラングはほぼ一夜にして数百万人に届くようになった。

問題は「普及」と「陳腐化」が同時に起こるようになったことだ。TikTokでバズった言葉は、数ヶ月後にはすでに「古い」と感じられることも珍しくない。辞書編集者のエミリー・ブルースターはこれを「言葉が人気になるスピードは上がったが、消えるスピードも同様に上がった」と分析する。

江戸時代の流行り言葉は世代をまたいでゆっくり変わっていた。

昭和の若者言葉は10年単位で入れ替わり、平成にかけてそのサイクルは徐々に短くなった。

そして今や、ひとつの言葉が注目を集めて使われなくなるまでが、以前とは比べものにならないほど短い。言語の代謝はテクノロジーとともに加速し続けているようだ。

それでも生き残るスラングの条件

もちろん、すべてのスラングが廃れるわけではない。「cool」という言葉は1930〜40年代のジャズ文化から生まれたが、90年後の今もそのまま使われている。これは言語学の世界ではほとんど例外的なケースとされている。

note(ノート)
「Cool」はなぜ「かっこいい」になったのか  70年をかけた言葉の変容|Hiro 英語の「Cool」は本来「涼しい・冷たい」という意味の形容詞です。 それがなぜ、「かっこいい」「いい感じ」「了解」まで指すようになったのか。 この変化を追うと、言語が...

言語学者たちはその理由を「意味の曖昧さと汎用性」に求める。「cool」はあらゆる状況に使えるため、特定のグループに縛られず生き続けた。

「YOLO(You Only Live Once)」のように意味が限定されすぎた言葉は、すぐに使い道がなくなる。

日本語で言えば「マジ」がこれにあたる。1990年代に若者言葉として広まった「マジ」は、2020年代の今も老若男女が使う。「激おこぷんぷん丸」が時代とともに忘れられていったのとは対照的だ。

言葉が長く使われるには、ある程度の「のりしろ」が必要なのかもしれない。

スラングを学ぶということ

以上を踏まえると、英語スラングを学ぶうえでひとつ重要な視点が見えてくる。スラングは「今」の言葉ではなく、「なぜ今この言葉が使われているのか」という文化と人間の地図だ。

「vibe」や「no cap」が流行った背景には、特定の世代の価値観と、彼らが何を「本物」と感じているかが映っている。言葉の意味を覚えるより、その言葉が生まれた文脈を知ることのほうが、長く使える知識になる。

スラングはいつか役目を終える。

だからこそ、その移り変わりから学べることがある。

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