平日の夜22時を回ったあたり。スウェットの上下、ソファに沈み込んだ姿勢、片手にスマホ、もう片手にはコンビニで買ったポテトチップス。
SNSのタイムラインには丁寧な暮らしの写真が流れているが、こちらの部屋では宅配ピザの空き箱が床に転がっている。
goblin mode(ゴブリンモード)です。
完璧であることをやめた、ありのままの夜。
本記事では、この言葉が2022年に世界を席巻した経緯から、2025年以降どう使われているか、そして日本に同じ感覚を表す言葉があるのかまでを紹介します。
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goblin mode とは
goblin mode は、Oxford Languages による定義では
「社会的な規範や期待を拒絶するかたちで、堂々と自己耽溺的・怠惰・だらしない・貪欲に振る舞うこと」
を指す英語のスラングである。日本語に置き換えると「開き直りモード」「自堕落スイッチ」と言った感じでしょうか。
イメージしやすいのは、CNN が引用した『The Guardian』の例文である。
例文①
Goblin mode is like when you wake up at 2am and shuffle into the kitchen wearing nothing but a long t-shirt to make a weird snack, like melted cheese on saltines.
(深夜二時に目が覚めて、長めのTシャツ一枚で台所までよたよた歩いていって、塩クラッカーにチーズを溶かすみたいな変な夜食を作るあれが goblin mode だ)
つまり「人に見せられない時間を、人に見せられない格好で、人に見せられない食事と過ごす」一連の振る舞いに名前がついたものである。
その前に、まずゴブリンってなに?
ゴブリンモードはなんとなくわかった。ただ、その前にゴブリンって何だろう?
私が最初に浮思い浮かべた(思い出した)のは『ファイナルファンタジー』でコーネリアの草原を歩き回っている、とんがり帽子をかぶった茶色い小柄な敵だ。
ゲーム開始して早々、レベルアップの為に経験値を稼いだあのキャラクター。
あれが「ゴブリン」だと思っているから、goblin mode の本来の意味合いはなかなかピンと来ない。
ところが、本来のゴブリンはRPGの雑魚モンスターではない。
実はもっとずっと古くて、もっと家庭的な存在である。

Wikipedia と Britannica によれば、語源は12世紀のフランス語 gobelin にさかのぼる。中世の年代記作家オルデリクス・ヴィタリスが、フランス・ノルマンディーの町エヴルーに取り憑いたとされる悪霊 Gobelinusについて記述したのが文献上の例とされる。さらに古くはギリシャ語の kobalos(悪戯者・ならず者) との関連説もある。
英語圏の民間伝承におけるゴブリンの本来像は、Britannica の説明を借りるとこんな具合だ。
Goblins supposedly live in grottoes but attach themselves to households, where they are believed to bang upon pots and pans, snatch nightclothes off the bodies of sleeping people, move furniture at night, and flee after rapping on walls and doors.
(ゴブリンは洞窟に住むとされるが、人の家に取り憑いて、なべや釜を叩いたり、寝ている人から寝間着を引っぺがしたり、夜中に家具を動かしたりして、壁や扉を叩いた後に逃げ去ると信じられていた)
つまり、洞窟から獲物を狩りに出てくる戦闘用モンスターではなく、家のなかを引っかき回す厄介な居候のような存在だったわけである。日本でいえば座敷童子のいたずら好きな従兄弟、というあたりが近いかもしれない。
この本来のゴブリン像が、「最弱モンスター」のゴブリンに変貌するまでには、二つの大きな転機があった。
ひとつは トールキンの『ホビット』(1937年)と『指輪物語』(1954〜55年) である。
彼が goblin と orc を実質同義に使い、邪悪な軍勢として描いたことで、「ゴブリン=戦って倒すべき下級の敵」という現代ファンタジーの型が出来上がった。
もうひとつが D&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ、1974年〜) だ。
テーブルトークRPGの代名詞であるD&Dは、ゴブリン → ホブゴブリン → バグベアという「ゴブリノイド」の階層を定型化し、「冒険の最初に出会う雑魚」というポジションを完全に固定した。
そして1987年に登場した『ファイナルファンタジー』 は、トールキンとD&Dの直系を踏襲してゴブリンを登場させた。Final Fantasy Wiki の記述によれば、シリーズ第一作のゴブリンは、コーネリアの周辺に出現する最初の敵で、最弱の戦士であっても一撃で倒せる存在として設計されている。FFファンの感覚にすり込まれたあのゴブリンは、こうして11世紀の家の精から数えて、約900年かけて辿り着いた最終形態なのである。
ここで goblin mode の話に戻ると、面白いことが見えてくる。
Oxford Languages が選んだ goblin mode の「ゴブリン」は、実はFFやD&Dの戦闘員のほうではなく、もっと古い、家のなかをぐちゃぐちゃにする不衛生で身勝手ないたずら者 のイメージに近い。深夜にキッチンで変な夜食を作り、床に物を散らかし、人前に出られない格好でうろつく。これはまさに、中世のヨーロッパ人がゴブリンに対して抱いていた「家を引っかき回す厄介な存在」のイメージそのものなのだ。
つまり goblin mode は、新しいスラングのようでいて、900年前の家のなかのいたずら者を、現代の自分の振る舞いに重ねた言葉 だと分かる。FFのIMPを思い浮かべながら “I’m in goblin mode” と言うとミスマッチに感じるが、家具を動かして寝間着を引っぺがすあのいたずら者を思い浮かべると、案外しっくりと来る。
どうして2022年にヒットしたのか

この言葉自体は新しくない。Oxford Languages の発表によれば、初出は 2009年のTwitter までさかのぼる。ただし、十年以上のあいだ知る人ぞ知るスラングにとどまっていた。
転機は 2022年2月 だった。Twitter のユーザーが、女優のジュリア・フォックスがインタビューで「goblin mode」と発言したかのような偽のニュースヘッドラインを画像加工して投稿したのだ。実際にはフォックスはそのような発言をしていなかったが、画像はまたたく間に広まり、検索数が急上昇した。Wikipedia の記述によれば、これと前後して Reddit に投稿された「家にいるとき自分はゴブリンみたいに振る舞う」という告白めいた書き込みもバズに加担している。
その後、TikTok を中心に「整えられた完璧な日常」への反動として goblin mode 系の動画が伸び続け、2022年12月、Oxford Languages は史上初めて公開投票で「Word of the Year(今年の言葉)」を選出すると、34万票超のうち93%という圧倒的な得票で goblin mode が選ばれた。次点の「metaverse(メタバース)」を圧倒する結果であった。
オックスフォード言語部門の代表は受賞の解説で次のように述べている。
Goblin mode resonates with all of us who are feeling a little overwhelmed at this point. It’s a relief to acknowledge that we’re not always the idealized, curated selves that we’re encouraged to present on our Instagram and TikTok feeds.
(今、少し疲れているすべての人にgoblin modeは響く。InstagramやTikTokで見せろと言われている、理想化された整った自分でいつもいなくていいのだと認められるのは、ある種の救いだ)
ここがポイントである。コロナ禍の三年目、世界が「平常運転に戻れ」と急かしたまさにそのタイミングで、人々は「いや、戻りたくない」と返した。その答えに付いた名前が goblin mode だった。
現在 goblin mode はどう使われているか
2025年から2026年にかけての使われ方は流行語としてのヒットからひと段落して、ライフスタイル語として静かに定着している段階にある。
TikTok や Instagram では、いまも次のような文脈で頻繁に登場する。
- 散らかった部屋・寝起きの顔・スウェットのまま映した「day in the life」動画
- 高級スキンケアやモーニングルーティンへの対比として投稿される「私の現実」コンテンツ
- ブランドのマーケティングでもこの方向性が取り入れられ、グロッシアー(Glossier)が無加工のセルフィーを使ったキャンペーン #GlossierGlow を展開した例が知られている
ニュアンスとしても、初期の「自堕落の開き直り」から少しずつ広がりを見せている。
| 時期 | 中心的なニュアンス | キーワード |
|---|---|---|
| 2022年前半 | バズ・ミーム的な笑いの種 | Julia Fox、偽ヘッドライン |
| 2022年後半 | パンデミック疲れの代弁 | コロナ後遺症、reopening疲れ |
| 2023〜2024年 | アンチ完璧主義・ボディポジ | アンチ#GirlBoss、無加工 |
| 2025〜2026年 | セルフケア語彙の一部 | rest、burnout、permission |
「goblin mode の権利(=だらしなくいる権利)」を主張する論調は、燃え尽き(burnout)や自己最適化疲れを語るときの語彙として、もはや当たり前に使われるようになっている。
「健康なゴブリン」と「危ない放置」は別物である

goblin mode を扱う2025年の英語圏の記事(xorvex.com)では、興味深い線引きがされている。
「健康な goblin mode」と「不健康な goblin mode」を分けて考えよう、というものだ。
健康なゴブリンモードは、週末や疲れた夜の数日間、罪悪感なくだらける時間である。月曜日にはまた立ち上がれるし、しばらくすると人に会いたくなる。要するに、社会的な役割をいったん下ろすための「意図された休息」である。
不健康な goblin mode は、これが数週間から数ヶ月のスパンで続いてしまった状態を指す。歯磨きや着替えといった最低限のセルフケアが消え、誘いに返事ができなくなり、生活費や健康、仕事に支障が出はじめる。これは流行語の範疇を超えていて、引きこもり、うつ、燃え尽きといった、専門的な助けが必要なサインとして扱うべきだとされる。
つまり goblin mode は、「自分の体と気分が回復するために、自分で選んでいる時間か」を見る言葉なのだ。選んでいるなら休息、選んでいないなら、それは別の話になる。
日本に「同じ感覚」を持つ言葉はあるか

日本語にも、ある程度近い感覚を持つ表現はいくつもある。ただし、ぴったり同じものはない、というのが正直な印象です。
「ぐーたら」「自堕落」は、生活がだらしなくなった状態そのものを指す日本語として古くから存在している。ただし、これらの言葉には goblin mode のような「社会の期待を堂々と拒絶する」というポジティブな反抗のニュアンスが薄い。むしろ、本人や周囲が「直すべきだ」と思っている状態を指すことのほうが多い。
「おうち時間」は、コロナ禍の2020年に圧倒的な流行語となり、SNS流行語大賞でも一位に選ばれた。ただ、こちらは「家での過ごし方を楽しもう」というポジティブな提案の言葉で、ピザの空き箱に囲まれた自堕落とは違う。
中国語圏には、もっと近いものがある。「躺平(タンピン)」=寝そべり族は2021年に中国の若者の間で流行った言葉で、競争社会から降りる、家も車も結婚も子供も求めない無欲ライフを指す。ニッセイ基礎研究所のレポートによれば、4つの「不」と「低水平消費」を掲げる思想色の濃いムーブメントだとされている。さらに2022年以降は、これがもう一段進んだ「バイラン(摆烂)」、つまり「もう繕わない、投げやり」という言葉も登場している。
韓国の 三放/十放世代 も近い表現にあたる。恋愛・結婚・出産の三つを放棄した「三放」から始まり、就職・マイホーム・人間関係・夢・健康・外見・人生まで放棄項目が増えていったもので、これもまた「がんばっても報われないなら降りる」系統の言葉である。
goblin mode は 個人の振る舞い に名前をつけている一方で、寝そべり族や三放世代は 世代単位のライフスタイル選択 に近い、という違いが見えてくる。
日本語のなかで goblin mode の感覚にいちばん近いのは、おそらく特定の単語ではなく、「今日はもうだめ、寝る」と呟いてベッドに沈む、SNSでよく見るあの宣言そのものなのかもしれない。
例文で覚える goblin mode
最後に、いまの英語圏での自然な使われ方を例文で確認する。
I’ve been in full goblin mode all weekend. Haven’t washed my hair, ordered pizza twice, and rewatched the same show.
(週末ずっと完全に goblin mode だった。髪も洗ってないし、ピザを二回頼んだし、同じドラマを見返した)
Forget self-care girlies, today is goblin mode girlies.
(セルフケア女子はお休み、今日は goblin mode 女子の日)
I love my friend, but she has been in goblin mode for three weeks now and I’m worried.
(友達のこと大好きだけど、もう三週間 goblin mode が続いてて心配している)
④と⑤は健康なゴブリン、⑥は不健康なゴブリンに踏み込みかけている、という線引きで読むと違いがつかめる。
まとめ
完璧な自分でなくてもいい、という言い分は、新しいものではない。日本にも「ぐーたら」も「おうち時間」もあったし、人類はずっとソファでだらけてきた。それでも goblin mode という言葉が2022年に世界中の心をつかんだのは、SNSが「整えた自分」を強要するようになりすぎた時代に、その重さに名前を与えてくれたからだろう。
I have found that if you love life, life will love you back.
(人生を愛していれば、人生も愛し返してくれる、と私は気づいた)



