Quiet quitting(クワイエット・クイッティング)は、日本語で「静かな退職」と訳されます。
名前の印象とは異なり、実際に会社を辞めることを指すわけではありません。
与えられた職務の範囲だけをこなし、それ以上の上乗せの努力はしない、という働き方を表します。
たとえば、定時で仕事を切り上げる、頼まれていない残業はしない、休日にはメールを見ない、といった姿勢がこれにあたります。
仕事に人生を捧げるという考え方から距離を置く態度、と言い換えることもできます。
この記事では、意味と由来、使い方を確認します。
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Quiet quittingの意味
quiet quittingは、直訳すれば「静かに辞めること」となります。
ただし実際の意味は、職場に在籍したまま、仕事への貢献をあえて最小限にとどめる姿勢を指しています。
内容を整理すると、次の三つが軸になります。
- 契約や職務内容に書かれた仕事は、きちんとこなします
- 求められていない上乗せの努力(サービス残業、休日対応など)はしません
- 仕事を自分の価値の中心には置きません
無断欠勤やサボりとは性質が異なる点に注意したいところです。
任された役割そのものは果たしたうえで、そこから先の「一歩踏み込んだ献身」を控える、という考え方を指しています。
こうした姿勢は、長時間労働を美徳とするハッスルカルチャー(がむしゃらに働くことをよしとする風潮)への反発として広まりました。
言葉の由来
quiet quittingが世界的に注目を集めたのは、2022年の夏でした。
同年7月、ニューヨークのエンジニアであるZaid Khan(ザイド・カーン)氏がTikTokに投稿した動画がきっかけとされています。
動画のなかで彼は、仕事を辞めるのではなく、「必要以上に頑張るという発想」を辞めるのだと説明しています。
この内容が共感を呼び、8月には英語圏のSNSで急速に拡散しました。
ハッシュタグの再生回数は数億回規模に達し、ニューヨーク・タイムズやBBCなどの大手メディアも相次いで取り上げています。
なお、quiet quittingという語そのものについては、「2009年に米国の経済学者が使ったのが最初」とする説も広く流布しています。
ただし、この説は一次資料が確認できず、検証報道でも裏付けが取れていません。
そのため、本記事では確定した事実としては扱いません。
言葉が社会現象として広まった起点は、2022年のSNSにあると考えられています。
使い方・例文
quiet quittingは、名詞としても、動詞(quiet quit)としても使われます。
会話やニュース記事での使われ方を、例文で確認します。
① I’m not chasing promotions anymore. I’m quiet quitting. (もう昇進を追いかけるのはやめた。必要最低限だけやることにしたよ。)
② Half of the workforce might be quiet quitting right now. (いまや働く人の半分が、静かな退職の状態にあるのかもしれない。)
③ After years of burnout, she decided to quiet quit. (燃え尽きが続いた末に、彼女は静かな退職を選んだ。)
④ Quiet quitting isn’t laziness. It’s setting boundaries. (静かな退職は怠けではない。境界線を引くことだ。)
⑤ My manager calls it quiet quitting. I call it work-life balance. (上司はそれを静かな退職と呼ぶ。私はワークライフバランスと呼ぶ。)
⑥ The company responded to quiet quitting with quiet firing. (会社は静かな退職に、静かな解雇で応じた。)
⑥に登場するquiet firing(静かな解雇)は、quiet quittingと対になって生まれた言葉とされています。
会社側が、評価やチャンスを与えないなどして、社員が自分から辞めるように仕向ける手法を指します。
働き手側の静かな退職と、雇う側の静かな解雇は、同じ状況を立場を変えて捉えた表現として、しばしばセットで語られます。
なぜ世界に広がったのか
quiet quittingが短期間で広まった背景には、いくつかの要因が指摘されています。
一つ目は、感染症の世界的な流行です。
在宅勤務が広がり、働き方を見直す人が増えました。
仕事と私生活の境界があいまいになった反動から、あらためて境界を引こうとする動きが強まりました。
二つ目は、燃え尽きの広がりです。
長時間労働による疲れが、若い世代を中心に蓄積していました。
三つ目は、仕事へのエンゲージメント(熱意や思い入れ)の低さです。
米調査会社Gallupの2022年の調査によると、仕事に熱意を持って取り組む従業員は世界全体で21%にとどまりました。
同社は、米国の労働力の約半数が静かな退職に近い状態にあるとしています。
「必要以上には頑張らない」という感覚は、一部の層だけのものではありませんでした。
そのことが、言葉が幅広い共感を集めた一因になったと考えられています。
アジア圏に広がる、よく似た言葉
「頑張りすぎない」という感覚は、英語圏に限ったものではありません。
アジアの国々にも、これに近い表現がいくつも存在します。
ここでは中国・韓国・日本の三か国を確認します。
中国:タンピン・モーユー・ネイジュアン
中国では、quiet quittingが広まる前から、近い意味の言葉が使われてきました。
代表的なものがタンピン(寝そべり、の意)と呼ばれる言葉です。
2021年、あるネット投稿をきっかけに広まったとされ、出世や消費をめぐる競争から降り、最小限の暮らしで生きようとする姿勢を指します。
このタンピンの背景には、ネイジュアンと呼ばれる感覚があります。
ネイジュアンは、努力しても報われず、競争だけが激しくなっていく状況を表します。
また、職場での具体的なふるまいを指す言葉として、モーユー(魚をつかむ、の意)があります。
もとは「濁った水では魚をつかまえやすい」という故事に由来し、そこから転じて、忙しいふりをしながら就業時間中に手を抜くことを意味するようになりました。
調査では、多くの会社員が日常的なモーユーを認めているとされています。
働くふりをしつつ力を抜くモーユーは、職場に残ったまま貢献を最小化するという点で、quiet quittingと近い性格を持っています。
これらの言葉の背景には、996と呼ばれる労働慣行への反発があるとされています。
996は、朝9時から夜9時まで、週6日働くという長時間労働を指す通称です。
韓国:チョヨンハン・トェサとウォラベル
韓国では、quiet quittingがそのままチョヨンハン・トェサ(静かな退職)と訳され、定着しています。
意味や使われ方は、英語圏とおおむね共通しています。
その土台にあるとされるのがウォラベルという言葉です。
「work-life balance」を縮めた韓国式の造語で、仕事と生活の均衡を重んじる価値観を表します。
会社の飲み会を避ける、退勤後の連絡には応じないといった線引きが、若い世代を中心に広がっているとされています。
一方で、静かな退職とは逆の方向を示す言葉として、カッセンがあります。
英語の「God」に、韓国語で生きることを表す語を重ねた造語で、規律正しく充実した生活を送ることを指します。
頑張りすぎから降りるチョヨンハン・トェサと、あえて自分を高めるカッセンという、対照的な二つの言葉が同じ世代のなかで併存しています。
日本:静かな退職・ぶら下がり社員
日本でも、quiet quittingは「静かな退職」として紹介され、広く知られるようになりました。
一方で、日本にはこれと近い概念が以前から存在していました。
ぶら下がり社員と呼ばれる言葉です。
指示された仕事はこなしますが、それ以上のことはしません。
昇進にも転職にも関心を持たず、現状維持を優先します。
そうした社員を指す、人事分野の用語として使われてきました。
「退職はしない、でも頑張らない」という姿勢は、静かな退職と重なります。
ただし、ニュアンスには違いがあります。
ぶら下がり社員は、組織の側から「問題」として名指しされる文脈で使われることが多い言葉です。
これに対して静かな退職は、働き手が自分の意思で「境界を引く」選択として語られる場面が比較的多くなっています。
同じ働き方であっても、誰の視点から語るかによって、受ける印象は変わってきます。
ここまで取り上げた各国の表現を、表にまとめます。
| 国・地域 | 表現 | 直訳 | 中心的な意味 |
|---|---|---|---|
| 米国発(世界) | quiet quitting | 静かな退職 | 職務の範囲だけをこなし、上乗せの努力をしない |
| 韓国 | チョヨンハン・トェサ | 静かな退職 | quiet quittingの直訳。ワークライフバランス重視が土台 |
| 中国 | モーユー | 魚をつかむ | 忙しいふりをして就業時間中に手を抜く |
| 中国 | タンピン | 寝そべり | 出世や消費の競争から降り、最小限の暮らしを選ぶ |
| 日本 | ぶら下がり社員 | ― | 指示された以上は動かず、昇進も望まない社員 |
これらの表現は、「どこまで距離を取るか」という観点で並べると、互いの違いが見えやすくなります。

左に位置するものほど「働き方の調整」に近く、右に位置するものほど「生き方そのものの選択」に近づきます。
quiet quittingやモーユーは、職場に残ったまま、力の入れ方を調整するものです。
一方のタンピンは、競争の場そのものから一歩外へ出るという点で異なります。
日本での受け止め方
日本の職場も、静かな退職と無縁ではありません。
Gallupの2025年のレポートによると、日本で仕事に熱意を持つ従業員の割合は7%でした。
世界平均の21%を下回り、世界でも低い水準にあります。

ただし、静かな退職を「若者だけの現象」とみなすことには、慎重な見方もあります。
企業向け調査を手がける米Qualtricsの2023年の調査では、日本で静かな退職に該当する働き手は全体の約15%と推計されました。
また英エコノミスト誌は、Gallupの調査を分析したうえで、仕事への態度と年齢のあいだにはほとんど相関が見られないと指摘しています。
こうした分析からは、静かな退職を特定の世代の流行として片づけにくいことが見えてきます。
働きやすさが向上する一方で、働きがいの面には課題が残っています。
低いエンゲージメントの背景には、こうした構造的な事情があります。
まとめ
quiet quitting(静かな退職)は、会社を辞めることを意味する言葉ではありません。
職務の範囲だけをこなし、それ以上は頑張らない、という働き方を指します。
2022年にTikTokをきっかけとして世界へ広がり、その背景には長時間労働を前提とする風潮への反応がありました。
同様の感覚は英語圏に限らず、中国のタンピンやモーユー、韓国のチョヨンハン・トェサ、日本のぶら下がり社員など、アジア各国にも近い表現が見られます。
言葉の形は違っても、「頑張りすぎから距離を置く」という感覚は、国境を越えて共有されつつあります。
この言葉を世界へ広めたZaid Khan氏は、2022年7月のTikTok動画で次のように語っています。
あなたの人間としての価値は、労働によって決まるものではない。 (Your worth as a person is not defined by your labor.)


















