uncanny valley
人間に近いのに「どこか違う」ものを見たときに感じる、ぞわっとする違和感を表す英語です。
日本語では「不気味の谷」と呼ばれ、1970年に日本のロボット工学者が書いた、わずか3ページのエッセイがもとになっています。
2026年、この言葉が再び広く使われています。
製作費75万ドルのホラー映画『Obsession』(邦題『オブセッション 災愛』)が世界で5億ドルを超える興行収入を記録し、登場人物の「人間なのに、どこか人間ではない」表情が話題を集めているためです。AIで作られた人物の画像や動画が身近になったことも、背景にあります。
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Uncanny valley の意味
ロボットやCGの人物は、人間に近づくにつれて親しみが増していきます。ところが「ほぼ人間」の段階に入ると、その親しみが急に強い違和感や嫌悪感に変わります。
uncanny valley は、この現象を指す言葉です。
単語を分解すると、次のようになります。
- uncanny:説明しにくい奇妙さ、不気味さを表す形容詞です
- valley:谷です。グラフにしたときに、親しみの曲線が谷のように落ち込むことから来ています
心理学系メディアの Simply Psychology は、人間に似ていながら完全には人間ではない存在が、親しみではなく不気味さや嫌悪感を引き起こすという美学上の理論として説明しています。リアルに近づくほど、わずかなズレがかえって目立つ、という点がポイントです。
語源は1970年の日本語エッセイ「不気味の谷」です

「不気味の谷」を提唱したのは、当時東京工業大学の教授だったロボット工学者の森政弘です。1970年、エッソ・スタンダード石油の広報誌『Energy』第7巻第4号(33〜35頁)にエッセイとして発表されました。専門の学術誌ではなく、企業の広報誌に掲載された文章が、のちに世界中の研究者に引用されるようになった点は興味深いところです。
森はこのエッセイで、横軸に「人間らしさ」、縦軸に「親和感」をとったグラフを示しました。産業用ロボットからおもちゃのロボット、人型ロボットへと人間らしさが増すにつれて親和感は上がっていきますが、人間に酷似した段階で急に落ち込みます。森が谷に落ち込む例として挙げたのが義手です。見た目は本物の手に近いのに、握手をすると硬く冷たい感触があり、そのギャップが不気味さにつながると説明しています。一方、谷を越えた先には文楽人形を置き、最も親和感が高い存在として健康な人を挙げています。
英語の uncanny valley という表現が初めて登場したのは、Jasia Reichardt の1978年の著書『Robots: Fact, Fiction, and Prediction』です。その後、2005年にカール・マクドーマン氏らが英訳を紹介したことで世界的に注目が集まり、2012年には森本人が監修した英訳が IEEE Robotics & Automation Magazine の6月号に掲載されました。
なお、IEEE Spectrum によると、森政弘は2025年1月12日に97歳で逝去しています。

なぜ2026年に uncanny valley が再び話題なのでしょうか
ホラー映画『Obsession』の大ヒット
2026年に uncanny valley が再び注目されたきっかけのひとつが、YouTube出身の映画監督カリー・バーカーによるホラー映画『Obsession』です。製作費は75万ドルという低予算でしたが、2026年5月15日に全米公開されると、2週目の週末の興行収入が初週を上回るという異例の動きを見せました。世界興行収入は5億ドルを超え、インディペンデント映画として歴代屈指のヒット作になっています。日本でも『オブセッション 災愛』の邦題で、2026年7月17日に公開されました。
物語は、内向的な青年ベアが、想いを寄せる同僚ニッキーに「世界中の誰よりも自分を愛してほしい」と願ったことから始まります。願いが叶ったニッキーは、次第に「人間なのに、どこか人間ではない」表情を見せるようになります。
注目したいのは、この表情がCGやAIではなく、実際の特殊メイクで作られている点です。米メディアの報道によると、この特殊メイクには、2023年にTikTokで流行した「uncanny valley makeup」の影響が一部見られるといいます。映画の公開後、TikTokでは再びこのメイクに挑戦する動画が投稿されています。
「uncanny valley makeup」とは
uncanny valley makeup は、眉やまつ毛などの顔のパーツをメイクで隠したり、目を小さく見せたりして、人形のような質感に仕上げるメイクです。そのうえで、暗がりからカメラをじっと見つめて微笑む、という演出が定番になっています。
一方で、英国のカルチャー誌 Dazed の記事では、クリエイターのアビー・シェイファー氏が、2023年の流行時には「ほぼ人間」という本来の意味を理解せず、単に「気味が悪いもの」全般の意味で使っている投稿も多かったと指摘しています。SNSでは、uncanny valley が「creepy(気味が悪い)」とほぼ同じ意味で使われる場面もありますが、本来は「人間に近いのに、どこか違う」ことによる違和感を指す言葉です。
AIとディープフェイクの普及
もうひとつの背景は、生成AIの進化です。AIで作られた人物の画像や動画が広告やSNSで増え、「本物の人間かどうか判断に迷う」場面も珍しくなくなりました。uncanny valley は、もはやロボット研究やホラー映画だけの言葉ではなく、AI時代の違和感を表す言葉として使われています。
日本での uncanny valley の例
伊藤園「お〜いお茶」のAIタレントCM
2023年9月、伊藤園は「お〜いお茶 カテキン緑茶」のテレビCMに、AIで生成した「AIタレント」を起用しました。提供元のAI model社によると、テレビCMにAIタレントを活用するのは日本初の試みでした。CMでは、現在の女性と約30年後の女性をAIで表現しています。
この事例が興味深いのは、映像の自然さが話題になった点です。ITmedia ビジネスオンラインのコラムでは、筆者自身がニュースで知るまでAIで生成された人物だと気づかなかったと述べています。不気味の谷の観点でいえば、谷に落ちなかった例といえます。ただし、谷を越えるほどリアルになると、今度は本物と偽物の区別がつきにくくなるという別の課題が生まれます。これは、後ほど紹介するシンガポールのディープフェイク詐欺にもつながる論点です。
石黒浩「いのちの未来+」(東京・高輪)
人間そっくりのアンドロイド研究で知られる大阪大学の石黒浩教授は、2025年の大阪・関西万博でシグネチャーパビリオン「いのちの未来」をプロデュースしました。その内容を再構成した「いのちの未来+」が、東京・高輪の MoN Takanawa: The Museum of Narratives で、2026年7月25日から9月25日まで(第1期)開催されています。
今回の展示では、AIを搭載したアンドロイドと言葉を交わす体験が新たに加わりました。人間に酷似したアンドロイドを前にしたとき、親しみを感じるのか、それとも違和感を覚えるのか。不気味の谷を自分自身で確かめられる貴重な機会です。
シンガポールでの uncanny valley の例
NTUの社会的ロボット「Nadine」
シンガポールの南洋理工大学(NTU)では、「Nadine」という人間そっくりの社会的ロボットが研究されてきました。NTUのメディア・イノベーション研究所を率いたナディア・マグネナ・タルマン教授本人をモデルにしたロボットで、2013年に日本のココロ社が製作しました。ソフトウェアはNTUで開発されており、日本とシンガポールの技術が組み合わさった事例といえます。
Nadine は、あいさつを返したり、目を合わせたり、以前に会った人や会話の内容を覚えていたりします。NTUのチームは、Nadine を大学の受付係として働かせる取り組みも行いました。一方で、米テック系メディアの Engadget は2015年、Nadine を紹介する記事の見出しで「まっすぐ不気味の谷へ連れて行く」と表現しました。タルマン教授らも論文の中で、人型ロボットの多くが不気味の谷に落ちてしまうと述べ、物をつかむといった人間らしい動作がその解決に欠かせないとしています。
首相を装ったディープフェイクZoom詐欺
シンガポールでは、AIによる「ほぼ本物」の映像が、実際の被害につながっています。シンガポール警察(SPF)は2026年5月頃、ローレンス・ウォン首相ら政府高官を装ったディープフェイク映像を使うZoom詐欺について注意を呼びかけました。被害者は偽の会議に参加した結果、少なくとも490万シンガポールドルを失ったと報じられています。
警察は、見抜くための手がかりとして次のような点を挙げています。
- 唇の動きと音声が一致していない場合があります
- 複数の参加者がいるのに、音声が1つのアカウントからしか流れていない場合があります
- 背景がゆがんでいたり、会議ツールのロゴが不自然に隠されていたりする場合があります

あわせて、シンガポール警察は、政府職員が送金や銀行のログイン情報を求めることはないと強調しています。こうした手がかりに気づくうえで役立つのが、まさに「どこか違う」と感じる uncanny valley の感覚です。
ウォン首相をかたるディープフェイクは、副首相だった2023年12月や、首相就任後の2025年3月にも確認されており、本人が注意を呼びかけてきました。

Uncanny valley の英語での使い方と例文
uncanny valley は名詞ですが、SNSで形容詞のように使われることもあります。よく見かける使い方を紹介します。
例文1 That AI-generated ad is deep in the uncanny valley. (あのAI生成の広告、完全に不気味の谷に落ちてるね)
例文2 The robot’s smile is so uncanny valley. I can’t look at it. (あのロボットの笑顔、不気味の谷すぎて見ていられない)
例文3 Her makeup in that scene is giving uncanny valley. (あのシーンの彼女のメイク、不気味の谷っぽい雰囲気が出てる)
例文4 The CGI finally made it out of the uncanny valley. (そのCGは、ついに不気味の谷を抜け出した)
「be in the uncanny valley(不気味の谷にいる)」
「fall into the uncanny valley(不気味の谷に落ちる)」
「make it out of the uncanny valley(不気味の谷を抜け出す)」のように、谷を場所として扱う言い回しが多いのが特徴です。
例文3の「giving 〜」は、「〜っぽい雰囲気を出している」という意味のSNSスラングです。
似た英語表現との違い
「不気味」を表す英語はほかにもありますが、uncanny valley はニュアンスがはっきり異なります。

特に注意したいのが、uncanny 単体の使い方です。
「an uncanny resemblance」は「驚くほどよく似ている」という意味で、必ずしも悪い意味ではありません。uncanny valley と混同しないように気をつけましょう。
まとめ
uncanny valley は、1970年に森政弘が発表した「不気味の谷」の英訳で、「人間に近いのに、どこか違う」ことによる違和感を表す言葉です。2026年は、ホラー映画『Obsession』の大ヒットと uncanny valley makeup の再流行、そしてAIやディープフェイクの普及によって、この言葉が再び広く使われています。
日本の伊藤園のAIタレントCMや石黒浩のアンドロイド展示、シンガポールのNadineやディープフェイク詐欺の事例からわかるように、不気味の谷は研究室の中だけの話ではありません。
SNSやニュースでこの言葉を見かけたときは、「何が人間らしくて、何がズレているのか」という視点で読むと、内容をより深く理解できます。
参考文献
- 森政弘「不気味の谷」『Energy』第7巻第4号、エッソ・スタンダード石油、1970年、33〜35頁
- Masahiro Mori, translated by Karl F. MacDorman and Norri Kageki, “The Uncanny Valley,” IEEE Robotics & Automation Magazine, Vol. 19, No. 2, June 2012, pp. 98–100
- IEEE Spectrum「An Uncanny Mind: Masahiro Mori on the Uncanny Valley」(2025年1月22日追記)
- Simply Psychology「Uncanny Valley: Examples, Effects, & Theory」(2026年9月17日)
- Northeast Times「How a $750,000 horror film became 2026’s box-office phenomenon」(2026年8月21日)
- Dazed「Decoding Uncanny Valley make-up, TikTok’s creepiest beauty trend」(2023年11月27日)
- ITmedia ビジネスオンライン「”実写にしか見えない”伊藤園『AIタレント』の衝撃 なぜ注目されたのか」(2023年10月)
- AIsmiley「日本初!AI modelを伊藤園の『お〜いお茶 カテキン緑茶』TV-CMに採用」
- MoN Takanawa プレスリリース「いのちの未来+」(2026年7月14日)
- Engadget「Nadine the social robot takes you straight to ‘Uncanny Valley’」(2015年12月30日)
- N. M. Thalmann, L. Tian, F. Yao「Nadine: A Social Robot that Can Localize Objects and Grasp Them in a Human Way」(NTU DR-NTU所蔵)
- SAYS「Scammers Impersonate Singapore PM Lawrence Wong In Deepfake Zoom Call」(2026年5月)
- AI Incident Database「Scammers impersonating Lawrence Wong」
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